―――― あ、来る。
そう思った時には遅かった。
「お・り〜〜〜〜〜〜〜ん!!」
陽気な声が自分を呼ぶと同時に、頭上からバサァッと、無数の“何か”がお輪の上に降り注いだ。
「うわ、っぷ!!」
ぱらぱら、ぺちぺち、と、肌や髪をくすぐって纏わりつくそれらは、摘み取られたばかりの春の野花だった。その青く甘い香りとこそばゆい感触にくしゃみを催しそうになりながら、お輪は勢いよく頭上を振り仰ぎ、このいたずらを為した張本人をキッと睨む。
「ちょっと、なにすんのさお業!こんな子供じみたことして、まったく呆れるったらないよ!!」
青筋を立てたお輪の目線の先にふわりと浮いたお業はしかし、悪びれる様子もなくにっこりとほほ笑む。
「そんな怖い顔で怒らないでよお輪姉さん。下界ももうすっかり春よ!あたり一面こんな草花がいっぱいで、新しい命に満ち溢れていて、そりゃぁ素敵なのよォ。ね、ほら…綺麗でしょう」
歌うように言いながら、お業は甘えるようにお輪に寄り添い、おまけとばかりに羽衣に包んでいた残りの花を辺りにまき散らす。 ―― が、それを聞いたとたんお輪は柳眉をさらに逆立てた。
「業!あんたまた下界に降りたの!?」
「ええ降りたわ、それがどうしたっていうの?……あ、そうだわ聞いてよお輪!!」
お輪が片割れの軽挙に小言を言おうと口を開きかけた刹那、お業は不意に頬を蒸気させ、瞳をきらきらと輝かせてお輪の眼前に迫った。
「ちょ…っと、どうしたっていうんだい」
思わず後ずさりながら訊ねてしまったお輪に、お業は楽しそうに語りだす。
「ウフフ……私ね、今日下界で人の男に会ったのよ。花を摘んでた私を見て、その人なんて言ったと思う?“この世のものとは思えない別嬪だ”ですって!“天女様かと思った”ですって!だから私言ってあげたの、“ええその通りよ”って。そしたらその人真っ赤になって立ちつくしちゃって、そのあと後ろにぱったり倒れちゃったの!気絶しちゃったのよ!ウフフ、おかしいったらなかったわ」
お輪は思わず頭を抱えた。
―――― よりによって、人にこの姿を見られるなんて!…それどころじゃない、口を利いて、あまつさえ正体を明かすなんて!
どうやったらこの浮かれポンチに効果的でしかもきちんと反省を促すような説教が出来るのだろう、とこめかみを押さえて思案を巡らすお輪をよそに、お業は下界での出来事を反芻しながら、ちょっとした企みを思いついていた。
―――― もう一度、今度はちゃんと人間の女の恰好をして姿を見せたら、あの人はなんて言うかしら?あの時の天女だと気づくかしら?
ああ、考えるだけで楽しいわ。
もう一度 ――はやく、逢いたい。